渋滞がそこまで嫌いじゃない話

渋滞がそこまで嫌いじゃない。

こう言うと、ちょっと変に聞こえるかもしれない。

普通は渋滞って嫌なものだと思う。

車が進まないし、時間は読めないし、予定はズレるし、トイレに行きたくなったら困るし。

急いでいる時の渋滞なんて、普通にしんどい。

それは本当にそう。

でも、時間に余裕がある時なら、渋滞で少しずつ進んでいく時間も、そこまで嫌いじゃない。

むしろ、ちょっと好きな時すらある。

たぶん自分は、目的地に着くことだけじゃなくて、移動している時間そのものが好きなんだと思う。

渋滞は面倒だけど、全部が嫌なわけではない

渋滞って、基本的には悪者にされがち。

ニュースでも「渋滞〇km」とか出るし、ナビでも赤い線が出るし、誰かと話していても「うわ、渋滞か」ってなる。

まあ、そうなるのも分かる。

車が進まない。

到着時間がどんどん遅れる。

予定していた寄り道ができなくなる。

同じ姿勢で座り続けて疲れる。

前の車に合わせて、ブレーキを踏んだり離したりをずっと繰り返す。

普通に面倒。

だから「渋滞が好き」とまでは言わない。

そこまで言うと、さすがにちょっと違う。

でも、全部が全部嫌かと言われると、そうでもない。

急がなくていい時。

目的地に着く時間がそこまで決まっていない時。

帰るだけの時。

なんとなく車の中で音楽を流しながら、ゆっくり移動している時。

そういう時の渋滞は、意外と悪くない。

「まあ、混んでるなら仕方ないか」くらいの気持ちでいられる時は、渋滞も移動の一部みたいに感じる。

急いでいる渋滞と、急いでいない渋滞は別物

同じ渋滞でも、急いでいるかどうかで感じ方が全然違う。

これ、本当に大きい。

予定がある時の渋滞はきつい。

何時までに着かないといけないとか、予約時間があるとか、誰かを待たせているとか。

そういう時は、1分進まないだけでもけっこう焦る。

ナビの到着予定時刻がどんどん遅くなっていくのを見ると、普通に気持ちが削られる。

でも、急いでいない時はちょっと違う。

今日は帰るだけ。

時間はある。

眠くもない。

トイレも大丈夫。

車の中も落ち着いている。

そういう状態なら、渋滞していてもそこまで嫌じゃない。

むしろ、「まあ、ゆっくり帰るか」くらいの感じになる。

同じ道路、同じ渋滞でも、こっちの余裕があるかないかで、かなり違って見える。

渋滞そのものが嫌というより、渋滞で焦らされる状況が苦手なのかもしれない。

少しずつ進む感じが、なんか嫌いじゃない

渋滞の中で、車が少しずつ進む感じがある。

止まって、少し進んで、また止まって。

その繰り返し。

効率だけで見れば、かなり悪い。

普通に走ればすぐ進む距離を、何分もかけてじわじわ進んでいく。

でも、そのじわじわ進む感じが、そこまで嫌いじゃない。

目的地には向かっている。

でも、すぐには着かない。

止まっているようで、少しずつ進んでいる。

その中途半端な感じが、なんか不思議と落ち着く時がある。

もちろん、毎回そう思えるわけじゃない。

疲れている時は普通にしんどいし、眠い時は危ない。

でも、余裕がある時なら、少しずつ進むあの感じも悪くない。

急いでいる時には邪魔な時間でも、急いでいない時には、ただの「ゆっくりした移動時間」になる。

車の中って、少しだけ自分の空間になる

車の中は、少しだけ自分の空間になる。

外にはたくさん車がいて、人もいて、道路も混んでいる。

でも、車内だけはちょっと区切られている。

音楽を流してもいい。

ラジオを聞いてもいい。

何も流さずに、ただ外を見ていてもいい。

渋滞している時って、走っている時とは少し違う時間になる。

スピードを出して走っている時は、道路の流れやカーブ、車線、周りの車を見ながら運転している。

もちろん渋滞中も気を抜いたら危ないけど、スピードが出ていないぶん、時間の流れが少しゆっくりになる。

前の車のテールランプを見ながら、少しずつ進む。

横の車を見たり、道路沿いのお店を見たり、空の色を見たりする。

そういう時間が、ちょっとだけ自分の中で落ち着く時間になることがある。

車の中にいると、外にいるのに、少しだけ部屋にいるみたいな感覚もある。

外の景色は動いている。

でも、自分は車内にいる。

その感じが好きなのかもしれない。

予定通りに進まない時間も、たまには悪くない

予定通りに進むのは気持ちいい。

何時に出て、何時に着いて、予定通りに温泉に寄って、予定通りに帰る。

それはそれでいい。

でも、移動って毎回予定通りにはいかない。

渋滞することもある。

道を間違えることもある。

途中で気になるお店を見つけることもある。

思ったより遠かったり、思ったより時間がかかったりすることもある。

そういう予定外の時間って、その場では少し面倒に感じる。

でも、あとから思い返すと意外と記憶に残っていたりする。

「あの時、めちゃくちゃ混んでたな」とか。

「全然進まなかったけど、あの道の雰囲気は覚えてるな」とか。

「あの渋滞中に見た夕焼け、けっこうよかったな」とか。

そういう記憶は、きれいに予定通り進んだ時より残っていることがある。

予定通りじゃない時間にも、その時だけの景色がある。

たぶん、そういうところも含めて移動が好きなんだと思う。

渋滞している道にも、その時の景色がある

渋滞していると、普段なら通り過ぎる景色をゆっくり見ることがある。

道路沿いのお店。

信号待ちの人。

隣の車。

遠くの山。

少し古い看板。

コンビニの明かり。

夕方の空。

夜のテールランプ。

普通に流れている時なら、すぐ通り過ぎてしまうものを、渋滞していると少し長く見ることになる。

これがけっこう面白い。

「こんなお店あったんだ」とか。

「この道、こんな景色だったんだ」とか。

「今度ここ寄ってみてもいいかも」とか。

そういう発見がたまにある。

特に夜の渋滞は、ちょっと独特。

前の車の赤いライトがずっと並んでいる。

反対車線のヘッドライトが流れていく。

信号の色が変わって、少し進んで、また止まる。

面倒なはずなのに、見方によっては少しきれいに見える時がある。

夜の道が好きなのも、たぶんそういう光の感じが好きだからかもしれない。

渋滞中の音楽って、なぜか記憶に残る

渋滞中に流していた音楽って、あとから変に記憶に残ることがある。

めちゃくちゃ好きな曲じゃなくても、その時の景色と一緒に覚えていたりする。

夕方の混んだ道で流していた曲。

夜の高速に乗る前の渋滞で聞いていた曲。

温泉帰りにぼーっとしながら聞いていた曲。

そういうのって、あとから同じ曲を聞いた時に、その時の道を思い出したりする。

走っている時の音楽もいいけど、渋滞している時の音楽は、少し染みる感じがある。

車が進まないからこそ、曲をちゃんと聞いているのかもしれない。

景色もゆっくりだし、車の流れもゆっくり。

その中で音楽だけがちゃんと流れている。

そういう時間も、そこまで嫌いじゃない。

渋滞は、考えごとをする時間にもなる

渋滞していると、考えごとをする時間になることがある。

もちろん、運転中だからぼーっとしすぎるのは危ない。

前の車との距離も、周りの車の動きも見ないといけない。

でも、ゆっくり進んでいる時って、頭の中も少しゆっくりになる。

今日行った場所のこと。

次に行きたい場所のこと。

ブログに書きたいこと。

買おうか迷っているもの。

なんとなく最近考えていること。

そういうものが、渋滞の時間にふっと出てくることがある。

家にいる時より、車の中の方が考えがまとまる時もある。

不思議だけど、移動していると考えごとが進む。

たぶん、完全に止まっているわけでもなく、でも急いで動いているわけでもないから、ちょうどいいのかもしれない。

移動が好きだから、渋滞もその一部なのかもしれない

目的地だけが好きなら、渋滞はただの邪魔な時間になる。

早く着きたい。

早く降りたい。

早く次の予定に行きたい。

そう思っていたら、渋滞はかなりストレスになる。

でも、自分の場合は、移動している時間そのものもけっこう好き。

夜の道を走るのも好き。

知らない道に入るのも好き。

九州をぐるっと走るのも好き。

温泉や神社に寄るのも好きだけど、そこへ向かう道中も好き。

だから、渋滞も「移動の中にある時間」として見ているのかもしれない。

もちろん、全部の渋滞を楽しめるわけではない。

疲れている時はきつい。

眠い時は危ない。

体調が悪い時は運転しない方がいい。

でも、時間にも体力にも余裕がある時なら、渋滞も移動の一部として受け入れられる。

早く着くことだけが移動の価値じゃない。

そう思える時がある。

急がないドライブが好きなのかもしれない

考えてみると、急ぐドライブより、急がないドライブの方が好きなのかもしれない。

目的地はある。

でも、途中で寄り道してもいい。

道が混んでいても、まあ仕方ないと思える。

予定より遅くなっても、そこまで焦らない。

コンビニに寄ってもいいし、道の駅に寄ってもいい。

温泉に入ってから帰ってもいい。

そういう余白がある移動が好き。

逆に、予定を詰め込みすぎていると、渋滞が一気に敵になる。

少し遅れただけで全部ズレる。

焦る。

疲れる。

そうなると、せっかくの移動も楽しめない。

だから、自分が好きなのは「渋滞」そのものというより、急がなくていい移動の空気なのかもしれない。

ゆっくり進む。

流れに合わせる。

途中の景色も見る。

そういうドライブが好き。

渋滞している時の寄り道も嫌いじゃない

渋滞していると、予定外の寄り道をすることもある。

このまま進んでも混んでるし、ちょっとコンビニに寄ろうかなとか。

道の駅があるなら休もうかなとか。

少し時間をずらしてから動こうかなとか。

そういう寄り道も、けっこう嫌いじゃない。

本当はまっすぐ帰るつもりだったのに、渋滞のおかげで少し休むことになる。

その休憩で、飲み物を買ったり、外の空気を吸ったり、知らない場所の雰囲気を感じたりする。

そういう時間も、あとから思うと悪くなかったりする。

予定通りではないけど、だからこそ残る感じ。

移動って、そういう小さい寄り道の積み重ねでもあると思う。

渋滞でしか見えない人の流れもある

渋滞していると、道路の中にいる人たちの流れも見える。

みんなそれぞれどこかへ向かっている。

仕事帰りの人。

買い物帰りの人。

旅行中っぽい車。

家族連れの車。

トラック。

バイク。

バス。

普段はあまり意識しないけど、渋滞していると、同じ道路の上にいろんな目的の人がいるんだなと思うことがある。

前の車も、隣の車も、自分と同じようにどこかへ向かっている。

そう考えると、渋滞もただの「進まない時間」ではなくて、たくさんの移動が重なっている時間なんだと思う。

まあ、だからといって混んでいて嬉しいわけではないけど。

でも、そういう見方をすると、少しだけ面白い。

もちろん、無理な運転はしない

渋滞がそこまで嫌いじゃないとはいっても、無理な運転をしたいわけではない。

疲れている時。

眠い時。

集中力が落ちている時。

体調がいつもと違う時。

そういう時は、渋滞がどうこう以前に運転を控えた方がいい。

渋滞は、思っている以上に疲れる。

スピードは出ていなくても、ずっと前を見て、ブレーキを踏んで、車間距離を見て、周りに気を配る必要がある。

地味に集中力を使う。

だから、渋滞を楽しめるのは余裕がある時だけ。

時間にも、体力にも、気持ちにも余裕がある時だけ。

そこはちゃんと分けて考えたい。

「渋滞も悪くない」と思えるのは、安全に運転できる状態があってこそだと思う。

渋滞も、あとから思い出になることがある

渋滞している時は、面倒に感じることも多い。

でも、あとから思い出すと、なぜか覚えていることがある。

あの道が混んでいたこと。

なかなか進まなかったこと。

途中で見た景色。

車内で流していた音楽。

夕方から夜に変わっていく空。

前の車のテールランプ。

コンビニで買った飲み物。

道の駅で少し休んだこと。

そういうものが、移動の記憶として残っている。

スムーズに着いた時より、少し時間がかかった時の方が、なぜか覚えていることもある。

きれいな観光地だけが旅の記憶になるわけじゃない。

渋滞していた道路も、待っていた時間も、車内で流れていた音楽も、全部その日の移動の一部になる。

それも含めて、移動の面白さなのかもしれない。

まとめ

渋滞がそこまで嫌いじゃない。

もちろん、急いでいる時や疲れている時は困る。

予定がある時の渋滞は普通に大変。

眠い時や体調が悪い時なら、楽しむどころではない。

でも、時間に余裕がある時なら、渋滞で少しずつ進む時間もそこまで嫌いじゃない。

車の中で音楽を聞いたり、普段なら通り過ぎる景色を見たり、少し考えごとをしたり。

予定通りにいかない時間を、そのまま受け入れる感じも嫌いじゃない。

目的地に着くことだけじゃなくて、そこまで向かっている時間も好き。

だから、渋滞もたまには悪くない。

そんなふうに思うことがあります。

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